メインストーリー解説・考察04_後編:三仮面を集めて大聖堂の最上へと昇る【ブラスフェマス】

ストーリー ブラスフェマス 解説 元ネタ 考察

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ブラスフェマスにおけるメインストーリーについて、連載形式で解説・考察をしています。このページでは、連載の第四回目として、「後編:三仮面を集めて大聖堂の最上へと昇る」について解説しています。ストーリーに興味のある方、プレイ済みで振り返りたい方などの参考になれば幸いです。

黄昏のなかを駆ける悔悟者【ブラスフェマス】

概要

前回の記事

前回の記事は「03_前編:三つの屈辱と三試練の橋」です。三種の聖傷(自責・悔恨・改悛)を集め、三試練の橋の扉を乗り越えるまでのストーリーを解説しました。

本記事は、前回の記事の続きの解説・考察記事となっています。

本記事のトピック

本記事では、「三仮面を集めて大聖堂の最上へと昇る」として、ブラスフェマスメインストーリーの後半部を解説しています。項目は下記のとおりです。

  • 「第一の奇蹟」の物語、三語の結び目
  • 大聖堂に埋葬された「歪仮面」
  • 禁じられ棄てられた「彫仮面」
  • 炎と雪に隔てられた「鏡仮面」

以降の項目では、メインストーリーのポイントを時系列で紹介しています!

後編:三仮面を集めて大聖堂 屋上へと昇る

「第一の奇蹟」の物語、三語の結び目

三試練の橋を越えた悔悟者は、外壁(鋼鉄なる樹)を潜り抜け、聖母教会の領域へと足を踏み入れました。しかし壁の中の領域も外と変わりなく荒れ果てており、大聖堂を囲う静寂の中庭にも尋常な人の姿はなく、奇蹟の異形たちが闊歩しています。

きらびやかな大聖堂、万母の母の内でもそれは変わらず、絢爛豪華な装飾のそばで蠢くのは美しくも悍ましい怪物たちです。広々とした回廊を進んでいくと、薄暗く古びた雰囲気の広間があります。広間の中央には、黄金の樹液が絶え間なく漏れ出す一本の樹木が生えており、デオグラシアスがその枝を見上げています。

ここ「三語の結び目」では、デオグラシアスからその場の名の由来となった「第一の奇蹟」の物語を聞くことができます。

「三語の結び目」の物語をデオグラシアスから聞く【ブラスフェマス】
三語の結び目」の物語をデオグラシアスから聞く

デオグラシアスによると、「第一の奇蹟」はこの地でなされました。自責の念に苦しむ一人の若者が天の意志に罰を望み、奇蹟が初めて形となって現れたのです。奇蹟の御業によって若者の腕と足に木の根が絡みつき伸び続け、痛みを求め祈っていた若者は悲鳴や不満の声を上げることもなくそれを受け入れました。その光景を目の当たりにしたこの地の人々は、永遠の歓喜を享受した若者の前で祈りを捧げたといいます。若者の死後、幾歳月を経て、この地に芽吹いた樹木は、捻れて歪んで「三位一体」となった三つの幹、そしてかの若者が死に際に放った三つの言葉――「我が」(Mi)、「大いなる」(Gran)、「罪よ」(Culpa)――から三語の結び目と名付けられたのです。

この樹木からは毎年、黄金に燃える樹液が溢れ出し、それは第一の奇蹟が我々を見捨てていないことを伝えるためのものだろうとデオグラシアスは語ります。これも奇蹟の道が過去、現在、未来永劫にわたって歪んでいるがゆえに成せる御業である、と…。

ここで、物語に登場する腕と足に木の根が絡みついた若者こそが、『黙する悲哀』修道院の彫像や懺悔の剣の柄に象られた「歪んだ者」であることが判明します。この地は、言わばクヴストディアにおいて「聖地」とみなされている場所なのです。それ故に聖母教会はこの地を囲うように大聖堂を建立し、信仰の中心地としての地位を確立したのでしょう。

罪に苦しみ、罰を望む祈りに呼応して顕現した「奇蹟」の始まりの過去を知った悔悟者は――ひょっとするとその沈黙の仮面の裡で、災厄なりし奇蹟に苦しむクヴストディアの現在とその未来へと想いを馳せつつ――巡礼の歩みをまた進めていきます。

考察ポイント①第一の奇蹟と歪んだ者について

このシーンではデオグラシアスの口を借りて、ブラスフェマスの「奇蹟」の原初にして根幹となる重要な物語が語られています。ここで語られる「自責の念に苦しむ敬虔な一人の若者」とは、懺悔の剣の柄(懺悔の修道女がオープニングで胸に打ち付けていた彫像)にその姿が象られていた人物「歪んだ者」(父なる神)のことです。

懺悔の修道女が胸に打ち付けていた彫像(=のちに懺悔の剣の柄となる)である「歪んだ者」【ブラスフェマス】
懺悔の修道女が胸に打ち付けていた彫像(=のちに懺悔の剣の柄となる)である「歪んだ者」

懺悔の修道女が彫像を胸に打ち付けながら「もう一度 この罪過に形を」と祈りを捧げていたのは、三語の結び目における最初の奇蹟の実現が念頭に置かれており、かつての歪んだ者と同じように、自らの身にも罪過にふさわしい罰が顕現することを望んでいたからなのでしょう。奇蹟の御業によって「腕と足に根が巻き付き 伸び続けた」という歪んだ者の精巧な模造はゲームのメニュー画面にも描かれています。

ゲームのメニュー画面に描かれている「歪んだ者」の彫像。【ブラスフェマス】
ゲームのメニュー画面に描かれている「歪んだ者」の彫像。

木の柱に括り付けられたような彼の姿勢は、奇蹟の力でその手足の先が樹木の根へと変化したことによって、歪んだように絡みついたものだったのです。「奇蹟」のシンボルの形状は、この歪んだ者の姿勢を模しているのでしょう。

「奇蹟」のシンボルの形状は歪んだ者が木の柱に括り付けられた姿勢を模している。【ブラスフェマス】
「奇蹟」のシンボルの形状は歪んだ者が木の柱に括り付けられた姿勢を模している。

奇蹟が超常の力で以てその肉体を物理的に変形せしめたわけですが、まさにこれはクヴストディアにおいて人々の内心の罪悪感が具現化し、時には異形の怪物に変じてしまうという災厄なりし奇蹟の「原型」が示されたものだといえるでしょう。

この第一の奇蹟の物語は、おそらくキリスト教の「イエスの磔刑」(Crucifixión de Jesús)を意識している可能性が高いです。

Cristo crucificado
ディエゴ・ベラスケス《十字架上のキリスト》

ナザレのイエスは西暦30~33年ごろにユダヤで十字架刑に処され、新約聖書では「キリストの受難」の最終場面となります。十字架上のイエスの苦しみと死は、「原罪を背負ったすべての人間の代わりにその罪を贖った」ものとして、キリスト教神学の中心的な教義――キリストによる贖罪と人類の救済――を構成しています。ゆえにイエスがかけられた「十字架」がキリスト教において非常に重要なシンボル・形象となっているのです。

ブラスフェマスの「第一の奇蹟」の物語で重要なのは、歪んだ者が自らの罪悪感に対して「天の意志」からの痛みと罰を求めて祈ったという点です。彼は、「魂を鋭く貫く罪」を軽くするために罰を望み、その奇蹟の実現後は自らの身に到来した「変形」と「痛み」に対して何等の不満も悲鳴も上げずにそれを受け入れました。おそらくはその姿を見た人々は、眼前で引き起こされた奇蹟の御業に驚嘆するとともに、魂の罪悪に対する痛烈な罰を受け入れた彼の姿を見て、各々の内心を苛む罪悪もまた許されたかのように感じたのではないでしょうか。ここでは、若者の身体こそ歪んだ形となったものの、彼の内心の罪悪感に対応する真っ当な形として奇蹟は実現していたのです。

いっぽう、悔悟者が生きる「現在」のクヴストディアでは、奇蹟の実現によって罪悪が形を成すことは、歪んだ者の第一の奇蹟のように喜びをもって受け入れられているわけではありません。むしろそれは気まぐれな奇蹟がもたらした「災厄」であり、多くの人々にとってはその理由すらもわからない、度が過ぎた「罰」となってしまっています。この点で、「第一の奇蹟」の時には確かに存在していた「人の強い祈りに相応する奇蹟」の在り方が歪んでしまっているのがクヴストディアの今であるというわけです。悔悟者が第一の奇蹟の体現者である「歪んだ者」を象った懺悔の剣で各地の奇蹟の怪物を冒涜するという行為は、まさに災厄と化してしまった奇蹟の歪みを補正するための行為であるという解釈もできるのではないでしょうか。

大聖堂に埋葬された「歪仮面」

三語の結び目デオグラシアスの話を聞いた後は、いよいよ本格的に万母の母の教会内部を探索します。ここにも異形の怪物たちが闊歩しており、聖母教会の者たちが「奇蹟」の庇護下に置かれるというわけではないようです。壮麗な教会建築の美術装飾は見る者の目を圧倒しますが、同時に荒れ狂う巨大香炉のような物理的な危険としても襲い掛かってきます。

巨大香炉が荒れ狂う万母の母。【ブラスフェマス】
巨大香炉が荒れ狂う万母の母。

物理法則を無視し、「奇蹟」への信仰を動力源として永遠の振り子運動を続ける鉄塊の前では、信仰心・崇敬心の有無が如何であろうが姿勢を低く平伏せざるを得ません。

教会の奥へと進むと、赤いカーペットで仕立てられたまっすぐな通路のみがある広い空間に突き当たります。そして通路の脇の奈落の暗闇からは、いくつもの腕に持ち上げられた巨大な聖骸埋葬の大司教 メルキアデスが出現します。

万母の母のボス、埋葬の大司教 メルキアデス【ブラスフェマス】
万母の母のボス、埋葬の大司教 メルキアデス

メルキアデスは宝石と行為の聖職者の装いで飾り立てられており、手にした錫杖や天空から降り注ぐ光線で攻撃してきます。悔悟者は、メルキアデスを抱え上げる無数の腕にダメージを与えて身体から手を離させたうえで、高度の下がった頭蓋骨に懺悔の剣を叩き込んでいきます。信仰の熱狂に担ぎ上げられた哀れな遺骸に引導を渡し、生命無き者をあるべき姿へと戻すのも悔悟者の使命です。

メルキアデスが奈落の底へと沈んでいった舞台の先へと進んでいくと、どこまでも深い暗闇に包まれた空間へと接続します。唯一の手がかりである硝子片の一本道を辿っていくと、椅子に座り俯いた人の影がアーティファクトを左手に掲げたまま停止しています。

万母の母の深奥でオレステスの歪仮面を入手。【ブラスフェマス】
万母の母の深奥でオレステスの歪仮面を入手。

悔悟者が近づくと人影は灰のように崩れ去り、そこには「オレステスの歪仮面」が残されていました。悔悟者が仮面を手にした次の瞬間、どこまでも永遠に続いていたはずの暗闇の夢の空間は消え去り、悔悟者は自分が聖母教会の聖具室にいたことに気づきます。これも「歪んだ奇蹟」が見せた幻影だったのか――と考えたのもつかの間、三試練の門を潜り抜けた際と同じように、青銅の仮面の老人が再び語りかけてくる言葉を受信します。聖堂の仮面の右半分が開かれた内部には、目を閉じた真っ赤な肌の貌が隠されていました。しかし、この老人が発する言葉の謎については未だ我々には明かされません。

考察ポイント②宝石の聖人にみる歪んだ信仰

ブラスフェマスのメインストーリー後半では、クヴストディアの信仰の中心である聖母教会の堕落と腐敗――権威的な信仰の暗部を目の当たりにしていくこととなります。これまでの巡礼で、三試練の門の「壁」に隔てられていた外側は災厄なりし奇蹟によって荒れ果てていました。では壁の内側である聖母教会の本拠地は「安全圏」であったか?というと、実のところ全くそんなことはなく、むしろ外側よりも遥かに危険な領域であったという真実が悔悟者たるプレイヤーには明かされていくという構造になっています。

奇蹟の異形が闊歩する万母の母のボス埋葬の大司教 メルキアデスは人々の信仰が奇妙な形に歪んでしまったことを象徴する存在です。ボス部屋へと向かう道中に斃れた遺体から聖遺物「幻罪の織布」を使って声を聴くと、地中から掘り返された遺体を絹や黄金、宝石で飾り立てて大司教のように担ぎ上げた存在がメルキアデスの原型であることがわかります。すなわち、彼は生前からの大司教ではなく、誰とも知れぬ遺体が大司教として祭り上げられて信仰の対象となっていた存在なのです。メルキアデスのキャラクターデザインの元ネタである「カタコンベの聖人」たちも、その遺体が初期キリスト教徒のものである可能性は高いけれども、人々の信仰を集めるために、別人であるより有名な「聖人」の遺体として取り扱われ、あまつさえ教会の資金調達のために売り捌かれたという側面も指摘されています。カタコンベの聖人についての具体的な元ネタ解説の詳細は、下記埋葬の大司教 メルキアデスの個別記事もご参照ください。

すなわち、ここではきらびやかに飾り立てられてさえいれば、その実像は如何様であろうとも人々の崇敬の対象になってしまうという信仰の歪みが表現されているのです。前項で触れた「歪んだ者」の敬虔なる信仰心と偉大さは、何等の宝飾品等によっても支えられてはいません。むしろ、歪んだ者を金や宝石で装飾してしまっては、第一の奇蹟の物語にとっては単なるノイズでしかなく、人々の目を無駄に眩ませる結果としかならないでしょう。

この部分だけを切り取ってみれば、単に「クヴストディアの人々の愚かさ」を揶揄したもののように思われても来ますが、死後に遺体をメルキアデスとして扱われた無名の死者に対する尊厳をも、人々の熱狂的な信仰(と呼んでいいのかももはやわかりませんが)が侵害しているのだとすれば、いよいよその病巣は深刻なものであると言わざるを得ません。メルキアデスを担ぐ無数の手が「邪魔をするな」と言わんばかりに叩いてくるのを搔い潜って、死者への敬意を回復することこそ悔悟者に課せられた使命なのではないでしょうか。

禁じられ棄てられた「彫仮面」

万母の母の探索を進めた悔悟者は、その地下部分に秘匿されていた広大な禁書の図書館を発見します。聖母教会の唱える「正統な信仰」に反した意見が記された数多の書物が封じられているであろう図書館では、ローブを被った幽霊たちが読書に没頭しています。

禁書の図書館では浮遊霊たちが禁書に没頭している【ブラスフェマス】
禁書の図書館では浮遊霊たちが禁書の読解に没頭している。

生命を失ったあとも真実を求め続ける探究心が、彼らの魂をこの図書館に縛り付けているのでしょうか。悔悟者が床に散らばった本のページをうっかり巻き上げてしまうと、不可触のはずの幽霊たちが実体化し、悔悟者に接触ダメージを与えてきます。「図書館ではお静かに」という幽霊たちからの無言の圧を感じさせられます。

図書館の奥へと進むと、覆面で顔を隠し、大量の鍵束を携えた大男夜警のディオスタドに出会います。彼は禁書の図書館を巡回し管理する立場の人物ですが、図書館内に響く出所不明の異音に悩まされており、悔悟者にその音を止めてくれないかと懇願してきます。ディオスタドの依頼を頭の片隅に置いたまま図書館の探索を進めると、「カツーン…カツーン…」と何かを一定間隔で叩きつけるような音が聞こえてきます。音へ近づいていくと、図書館の壁に向かって石の塊を打ち付けている人影がいました。悔悟者が近づいて剣をふるい止めようとすると、次の瞬間に人影は雲散霧消し、先ほどまで石が打ち付けられていた壁の奥に隠された部屋が出現します。

隠し部屋は古い小さな洞穴のような場所で、その中にはいつ頃亡くなったのかもわからない遺体がひとり横たわっていました。聖遺物「幻罪の織布」を装備してこの遺体の声を聴くと「壁の向こうに、この地から抜け出せる道があるはずだ……」という言葉が残されています。おそらくは、先ほどまで壁に石を打ち付けて異音を生じさえせていた影は、この遺体の人物が残した霊魂あるいは怨念のようなものだったのでしょう。聖母教会の地下に封じられていたのは異端の「禁書」だけではなく、その執筆者や記述の信奉者である人間も含まれていたのかもしれません。

隠し部屋から元の通路へと戻ると、いつの間にか入り口近くでディオスタドが悔悟者を待ち受けていました。

悩みのタネの騒音を解消したことで感謝する夜警のディオスタド。【ブラスフェマス】
悩みのタネの騒音を解消したことで感謝する夜警のディオスタド。

彼は、悔悟者が願い通りに異音を止めてくれたことに感謝し、返礼としてロザリオの珠「若き石工の木輪」を渡してくれます。ディオスタドは「ここの広間は人の目を欺く」という警告を悔悟者に残し、図書館の夜警としての職務に戻っていきました。目に映るものがそのまま信じられるものであるとは限らないという警句は、禁書の図書館にまだ隠された何ものかが存在することを予感させますが、今はまだその扉が露になることはないようです。

禁書の図書館のさらに地下へと進むと、そこには数多くの絵画や彫像などの芸術品が収蔵された眠れる画廊がありました。

絵画や彫像などの芸術品が多く飾られた眠れる画廊。【ブラスフェマス】
絵画や彫像などの芸術品が多く飾られた眠れる画廊。

眠れる画廊の内部は機械仕掛けの振り子刃や串刺し床がそこかしこに設置されており、悔悟者や命ある人間を害する防衛機構の拒絶度は禁書の図書館の比ではありません。災厄なりし奇蹟の影響によるものか、悔悟者が近づくことで動き出し、攻撃を仕掛けてくる絵画や人形なども登場します。

画廊の深奥に到達した悔悟者を待ち受けていたのは、目隠しをして血の涙を流す巨大な赤子の姿をした異形の怪物「放棄の末裔 エスポシト」です。

眠れる画廊のボス、放棄の末裔 エスポシト【ブラスフェマス】
眠れる画廊のボス、放棄の末裔 エスポシト

エスポシトは巨大な籐の人形に抱きかかえられており、その籐の人形から枝別れしたと思われる蛇女の怪物が悔悟者を狙って噛みつき、毒液、火の玉など多彩な攻撃を仕掛けてきます。油断するとエスポシト本体が悔悟者の身体を持ち上げ、まるで玩具の人形のように手足を引き千切ろうともしてきます。

悔悟者は蛇女の頭部や体節にダメージを与え、恐らくは魔術的に繋がりのあったエスポシトの体力を削り切ります。懺悔の剣によって蛇女を滅ぼされたエスポシトは、哀しみと怨嗟の泣き声をあげながら、親代わりの人形とともに炎の海へと呑み込まれていくのでした。

画廊の最奥にはエレベーターがあり、禁書の図書館の隠された領域へと繋がります。その部屋には、万母の母の深奥にあった異空間と同様に、アーティファクトを掲げた灰色の影が座していました。

禁書の図書館の隠された部屋に秘匿されていたクレセンテの彫仮面【ブラスフェマス】
禁書の図書館に秘匿されていたクレセンテの彫仮面

悔悟者はその部屋に遺されていた「クレセンテの彫仮面」を入手して図書館を後にします。その際、青銅仮面の赤い肌の老人からの交信(「私は完全に燃やし尽くされ…」)を再び受けますが、彼の巡礼の歩みには何らの影響を及ぼすものではありません。

考察ポイント③「異端」の禁書と奪い去られた芸術

この節では聖母教会がその地下に押し込めて封印しようとしてきた禁書の図書館眠れる画廊が舞台となります。この2つのエリアは「下等信条」(BAJOS CREDOS)というフィールド名がつけられており、「高尚で上等な」聖母教会の本拠地と対比されているかのような扱いをされています。

禁書の図書館はその名の通り、またストーリー内でもディオスタドが語っていたように「禁忌」とされる知識を記した書物が数多く納められています。しかし、何をもってそれらの書物が禁書とされてしまったのか、その理由は明白には語られていません。広大な空間を埋め尽くすほど膨大な書物、またあれほど多くの浮遊霊たちが死してなお知識のみを求めるほどに引き付けられる内容が記されているのだとすれば、単なる有害な書物であるという指摘を素直に受け入れるわけにもいきません。

重要なのはそれらの古書が誰にとって「有害な」ものであると評価されたのかということであり、それはクヴストディアの権威的中心である聖母教会を於いて他にはないでしょう。すなわち、禁書とされているのは、聖母教会の教えにとって不都合な知識が記された書物たちなのではないか、と考察されます。それらの書物の中には、ひょっとすると先進的な思想やクヴストディアの技術的発展に資する知識が収められていたのに、聖母教会の正統な教義と整合しない内容が含まれていたがゆえに、人々の目から隔離されてしまった書物もあるのではないでしょうか?

「正統」とされる教義があるからこそ、迷える人々の信仰を統一することができ、正統と異なる「異端」的な知識を与える書物が結果的に人々を惑わせるという指摘もあり得るかもしれません(特に物質的には決して豊かではなく、信仰こそが社会体の重要な絆であるという場合には)。しかし、逆に「正統」であるということの根拠が「異端ではない」ということでしかないのであれば、その内実は反例として数多く積み重ねられた「異端」よりも豊饒なものであるということが果たしてあり得るのかは熟慮しなくてはならないでしょう。また、むしろそのような中世的な世界において新しい知識に触れ、信仰を広めうる使命を持った聖職者・写字生などの高度な知識・技術を持つ人々ほど、それらの「異端」に触れてしまい、「正統」との矛盾を解消するために極端な狂気へと追いやられてしまう危険も高まります。この矛盾と狂気は、中世の修道院を舞台としたウンベルト・エーコの小説『薔薇の名前』も彷彿させるものです。

眠れる画廊に収蔵された美術品・芸術品についても同様のことが指摘できるかもしれません。数多くの芸術家たちが手掛けた作品を、異端を助長するものとして聖母教会の地下蔵に隔離したのではないかという考察です。あるいはそれらを破壊せずにおいたという点で、聖母教会が芸術品を教会の権威で以て「独占した」という強欲の証拠が陳列されている可能性も高いでしょう。聖遺物「金糸の布地」の伝承には、母なる神のために聖人たちの人生を表現した絵画を幾つも手掛けた作者視点の物語が語られており、曰く、聖母教会の信者たちがそれらの絵画を「誰にも見せたくないような態度で」無言で持ち去り、作者である自身でさえその作品群がどこにあるのか、飾られているのかすら知り得ない状態に置かれていることがうかがえます。教会の信仰のために絵画の制作を依頼しながら、その制作者に対する最低限の敬意すら払われない、教会の専横が目に余るエピソードです。

エリアボスの放棄の末裔 エスポシトは、母親を異端の魔女という疑いで処刑され遺された幼子のなれの果てであり、ここにもクヴストディアの信仰の暴走の痕跡が垣間見えます。エスポシトの母親が真に「魔女」であったかは確かめようがありませんが、幼子に母親代わりの籐の人形を残したことから、少なくとも何らかの芸術家・職人に近しい技術をもった人物であった可能性がうかがわれます。エスポシトの目隠しは、実の母親が火刑にかけられる様を見ることがないようにという思いから着けられたものですが、奇蹟の異形の怪物と化してからも永遠にその目隠しが外されることはありません。数多くの美しい芸術品が飾られた画廊にいながら、それらを直接目にすることのできない哀れな幼子からも、クヴストディアの世界の歪みを目に焼き付けることができるはずです。

炎と雪に隔てられた「鏡仮面」

地下空間に押し込められた禁書の図書館眠れる画廊を踏破した悔悟者は、今度は聖母教会の最上部である大聖堂 屋上へと向かいます。階層を行き来するためのエレベーターは、これまでに入手した「仮面」アイテムを捧げることによって、さらなる上層への昇降が可能となります。

仮面を彫像に捧げることで、大聖堂 屋上のエレベータを動かす。【ブラスフェマス】
仮面を彫像に捧げることで、大聖堂 屋上のエレベータを動かす。

仮面を捧げるたびにエレベーターに設えられた彫像の瞳が一体ずつ妖しく輝きます。悔悟者が捧げた仮面は「オレステスの歪仮面」と「クレセンテの彫仮面」の2つ。大聖堂の最上階へと登るにはあと一つの仮面が必要となるようです。

悔悟者は大聖堂 屋上を経由して、聖母教会の周縁部に位置する聖禁の壁へと向かいます。夕間暮に浮かび上がるクヴストディアの遠景、鋼鉄なる樹三試練の橋を眺望しつつ走る悔悟者の前に、突如として二体の影の番人が立ち塞がります。

聖禁の壁へと続く夕焼け空の下で、二体の影の番人と戦う。【ブラスフェマス】
聖禁の壁へと続く夕焼け空の下で、二体の影の番人と戦う。

影の番人は、かつて『黙する悲哀』修道院戦った黙する悲哀の番人と同じ姿をしており、その攻撃手段も共通しています。一度は打倒した相手のため、2体がかりで襲われたとはいえ迎撃するのはそう難しいことではありませんでした。

些かの足止めは喰らったものの、いよいよ悔悟者は聖禁の壁の内部へと足を踏み入れます。そこは聖母教会が異端者を封じ込めるための監獄でした。錠がかけられたいくつもの扉、迷宮のように入り組んで結ばれた部屋と通路、鉄格子と機械仕掛けの昇降機で隔てられた空間、そして絶え間ない拷問で正気を失ったままに異形と化した奇蹟の怪物たちが蠢いています。

異端者を封じ込めるための監獄の迷宮、聖禁の壁【ブラスフェマス】
異端者を封じ込めるための監獄の迷宮、聖禁の壁

もはや自分がいる正確な場所すら覚束ないなかにあって、なお先へと進む悔悟者の足元の床が突如として崩れ去ります。階下に落ちた悔悟者を待ち受けていたのは、赤いカピロテ頭巾を被った炎による復活者 キルセでした。キルセは、先ほど悔悟者の足元の床を破壊した炎を纏った剣を自在に操り、襲いかかってきます。

聖禁の壁の奥深くに囚われたボス 炎による復活者 キルセ【ブラスフェマス】
聖禁の壁の奥深くに囚われたボス 炎による復活者 キルセ

鉄格子で仕切られた狭い牢のなかで、キルセの身体を焼き尽くしながら燃え盛る炎の柱を掻い潜り、悔悟者はキルセにとどめを刺します。瞬間、キルセの身体はまたたく間に燃え尽きて、灰へと還りました。キルセの消滅と同時に牢獄の壁が破壊され、何とか脱出できた悔悟者を待っていたのはデオグラシアスです。彼は異端者として不当にも火刑にかけられ、奇蹟により復活したのがキルセであることを教えてくれます。聖禁の壁の惨状を目の当たりにした後では尚更に、クヴストディアの宗教裁判が明らかに苛烈であり、人々の恐れや猜疑心、宗教裁判官の暴走を誰も止めることができなかったことが察せられます。ある意味では異端審問所の犠牲者の象徴として焼かれ続けていたキルセを灰に還すことが、悔悟者にできるせめてもの手向けといったところでしょうか

キルセが床を壊した部屋で「高山の鍵」を入手した悔悟者は、その鍵を使って聖禁の壁から出発するゴンドラ(輸送機器)を作動させます。白馬たちの彫刻されたゴンドラは『焦貌の聖女』修道院の最上層へと悔悟者を運びます。雪の舞い散る修道院の寒々しい塔の屋上には、これまでの万母の母や禁書の図書館と同じように、アーティファクトを掲げたまま静止した虚像が座していました。

『焦貌の聖女』修道院の屋上でドルフォスの鏡仮面を見つける。【ブラスフェマス】
『焦貌の聖女』修道院の屋上でドルフォスの鏡仮面を見つける。

虚像から「ドルフォスの鏡仮面」を入手し、悔悟者は三種類の仮面すべてをその手に納めました。修道院からの去り際、青銅の仮面の蓋が完全に開け放たれた赤い肌の老人からの最後の通信が悔悟者へと届きます。老人の「奇蹟が私を呼んでいる」という不穏な言葉から、いよいよ最後の敵との邂逅が近いことを予感させます。

歪仮面・彫仮面・鏡仮面の三種を捧げ、大聖堂 屋上のエレベーターはついに最上階へと悔悟者を押し上げます。

三仮面を捧げたエレベーターで大聖堂 屋上の最上階に到達する。【ブラスフェマス】
三仮面を捧げたエレベーターで大聖堂 屋上の最上階に到達する。

この道の先に、悔悟者の巡礼の終着点となる「奇蹟たる苦痛の揺籃」が待っています。最後の壁は高く厚いですが、これまでの贖罪の重みを懺悔の剣に込めることで、きっと乗り越えられると信じることができるはずです。

考察ポイント④異端審問と三つの仮面について

聖母教会が主導していたクヴストディアの信仰の暗部は、聖禁の壁という場において行き過ぎた異端審問の痕跡として立ち現れてきます。聖禁の壁の閉ざされた扉を開くための三種の鍵、「写字生の鍵」と「教区司祭の鍵」と「宗教裁判官の鍵」の伝承からは、特に凄惨な異端審問――もはや拷問に等しいそれ――の断片を読み取ることができます。真実を明らかにするために審問するのではなく、ただ罰するために開かれる審問、自らの足が砕け散ろうとも鎖から逃げ出すことを望む被疑者、奇蹟に対する冒涜とみるや、「異端者」の両眼を抉り出すことも厭わない宗教裁判官の判決など、常軌を逸した暴力が展開されていたであろうことは想像に難くありません。

Picard
ベルナール・ピカールの描いた異端審問の拷問部屋

聖禁の壁のボス、炎による復活者 キルセが異端の疑いをかけられて不当にも火刑に処された存在であることは先に解説した通りです。また、眠れる画廊のボス放棄の末裔 エスポシトの生前の母親も、異端審問の魔女裁判の結果として火刑にかけられています。このほかにも、たとえば『黙する悲哀』修道院の地下室にいるソレダットも聖母教会が異端として囚えた可能性があることから、ネームドキャラクターたちも少なからずクヴストディアの異端審問の犠牲者となっているのです。

これほどクヴストディアに生きる人々を傷つけ、さらには奇蹟の異形の出現の契機ともなってしまっている異端審問は、聖母教会の腐敗、そして苛烈な拷問に加担したすべて人間にとって明白な罪悪といえるでしょう。災厄なりし奇蹟によって苦しみが齎された世界であるからこそ、その憤懣の放出として苛烈な異端審問が繰り返されたという側面もあるかもしれませんが、拷問や処刑を実行したのは奇蹟ではなく人間です。タガの外れた「暴力」は、容易に歯止めが利かなくなってしまうというのは歴史が教えてくれるところですので、少なくとも現代に生きる我々は、そのような不当な権威の暴走が起こってしまわないよう――奇蹟や神にその責を帰すのではなく――熟慮を重ねなければならないのではないでしょうか。

また、悔悟者がストーリーの後半で集めることとなった三仮面には、それぞれ聖母教会の助祭長の職に就いていた三名の人物の独白が伝承として刻まれています。

オレステスの歪仮面【ブラスフェマス】
オレステスの歪仮面などのアイテムの伝承から聖母教会の探求が垣間見える

歪仮面を握っていたオレステスは「輝ける御方」が授けた聖なる使命のため、肉体を捨てて夢の世界の深淵な謎を解き明かそうとしていたことが伺えます。彫仮面を握っていたクレセンテは、「父として崇めた者」の精神が病み、偽りの迷信を信じ込むようになってしまったことを嘆き、次の助祭長であるドルフォスへの非難も交えつつ、膨大な禁書の中から真実を突き止めようとしていました。鏡仮面を握っていたドルフォスは、古い本や暗い夢の中では恩寵を見出すことはできない――すなわち、前述のオレステスやクレセンテの方法では望んだ結果が得られないと考え、金細工職人の技を学び、人間が見て、触れるものの中に奇蹟の恩寵を再現しようと試みていたようです。

助祭長たちが「輝ける御方」または「父として崇めた者」と称しているのは、聖母教会の教皇である聖下 エスクリバーその人でしょう。このことから、三人の助祭長は、エスクリバーから使命をうけ、三者三様の方策で以て何らかの真実の探求にその身を捧げていたであろうことが推察されます。では、果たして彼らの使命とは何だったのか。最も可能性が高いのは、「災厄なりし奇蹟」に関する真実を解明することです。

すなわち、聖下 エスクリバーは(少なくとも助祭長たちに命令を出した時点では)彼なりにクヴストディアの人々を苦しめる災厄なりし奇蹟の仕組みを解剖し、それをもとに何らかの対策を講じる目論見があったのではないでしょうか。ストーリーの前半で悔悟者が追体験した「三つの傷」を魂に刻んでいたのだとすれば、エスクリバーのかつての魂は敬虔なるものとして鍛え上げられていてもおかしくはありません。しかし、超常の現象である奇蹟の解明は遅々として進まず、その研究の過程での焦燥感から精神を病み、最終的には奇蹟の末子へと変じてしまったのではないでしょうか。エスクリバーが信じ込んだという、クレセンテがいうところの「村に蔓延する偽りの迷信」の内容が果たして何だったのかは想像の域を出ませんが、それが奇蹟の末子へとつながる道を開いた可能性もありますし、ひょっとするとその迷信が「新たな救世主」の出現を預言する内容であったがゆえに、「黙する悲哀兄弟団」の虐殺を指示するきっかけとなった可能性もあるかもしれません

いずれにしても、助祭長たちの使命は果たされず、彼らの命も失われてしまいましたが、その探求の一定の成果がアーティファクトである「仮面」として結実していたのかもしれません。少なくとも、悔悟者にとっては三つの仮面が大聖堂 屋上への道筋を切り開いてくれたのですから、助祭長たちの探求が全くの無意味であったというわけではないでしょう。

三仮面の象徴性を解釈するとすれば、やはりキリスト教の三位一体論――父なる神、子なるキリスト、聖霊の三つの位格(ペルソナ)――との関連は避けて通れないでしょう。「ペルソナ」(Persona)とは、もともと古代ローマの演劇で役者が着用した「仮面」を由来とする言葉です。俳優が演じる役柄・登場人物を表現する意味が拡張され、次第に役割・人格を指し示すものとしても用いられていきました。助祭長たちの「仮面」は神の役割を降ろすものとしては不足していたでしょうが、超常の「奇蹟」の側面を移しとるものとして構想されていたのかもしれません。あえて総括するとすれば、前回のストーリー前半で三つの試練を経て内的な魂を鍛え上げたうえで、今回のストーリー後半では外的な役割・人格としての「仮面」(ペルソナ)を備えるに至った――あるいはそれらをかつて達成したエスクリバーと同じ道を辿った――とまとめることができるのではないでしょうか。

数多の苦難を経て、魂と人格、内外の両側面の聖性を冒涜的かつ奇蹟的なまでに高めた悔悟者は、いよいよ「災厄なりし奇蹟」の根源へ至るに相応しい存在へと成長しました。残された筋書で、果たして悔悟者やエスクリバーが演じるべき役割とその運命は如何なるものなのか、それはまさに残酷にして気まぐれなる奇蹟、天の意志のみが知りうることなのです。

解説の続き

本解説の続きの記事は「終着:奇蹟の慈悲――無価値なる者の道」を予定しています。

公開まで今しばらくお待ちください!

それではいつかまた、夢の向こう岸で…

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